──これは宴だ。
主人が客人を持て成す宴だ。
「視えんだよなぁ……視えすぎちまうから、眼帯(ふた)してんだよなぁ」
この街(いえ)の主人は彼ら。
喪に服すかの如き黒服に身を包んだ、彼らをおいて他になく。
「姫の妖気が視えると申すか? かの槌持つ宮司の眼でも視えなんだというのに?」
そして客人は彼女たち来訪者。
なれど、客人が招かれざる客とあらば。
「これは卑怯技だからよ、魔術師(どろみず)にしか使わねーんだ。圧倒的な力を見せられて、例えてめぇが死んじまうような事があってもよ、それ以外じゃ絶対に使わねぇって決めてんだ」
──ならば主人は客人を存分に持て成そう。
今宵の宴の食卓に上がるは、主人の牙で取り分けた客人どもの血肉だ。
「お嬢ちゃんには悪いけどよ、俺ら、魔術師の印象って奴が最悪なんだわ。あんたん国(トコ)じゃどういう存在かは知らねえけど、俺らの国はこの街だからよ。魔術師って知っちまった以上、もうどうにもなんねぇ」
なれど、その眼を誇る剣士の両の牙はすでに失われている。
どれだけよく視える眼があろうと、鍛え抜かれた顎(うで)があろうと、牙がなければ喰い千切れまい。
だから客人は、このような軽口を叩けたのだろうか。
「……然様か。姫の知る限り、魔術師とは奈落の底の底を歩く連中よ。唾を吐きかけるべき対象よ」
「ははっ。お嬢ちゃん、状況がわかってねーな」
「姫は事実を申したまで」
否。
否。
断じて否。
そのあやかし──今は魔術師と呼ぼうか。彼女自身の言葉を借りて、奈落の魔術師と呼ぼうか。
奈落の魔術師は承知していた。
彼女をいったい誰だと心得るか。
多くの死線を潜り抜け、それでも尚生き残り、憤怒に焦がれるまま「起こさぬでもよい嵐」を巻き起こしてきた張本人ぞ。
遂には神にすら喧嘩を売り、この島国における「神無月の出雲の集い」が何を意味しているか知りながら、大胆にも幾年に亘り謀り続けてきた胆力の持ち主ぞ。
その彼女に、あの“眼”の恐ろしさがわからぬはずがなかった。
そして、その牙が失われてなどいない事を。
確かに双刀の機能は奪った。あれはもう二度と使い物にはならぬ。
だが、“眼”の傍らには“刀”の代わりに“矛”がある。
「むんっ!」
矛を持つ偉丈夫が切っ先をこちらに向ける。仕掛けの施された兵仗の機能自体はどうでもいい。
問題は──
(まさに番(つがい)よな)
彼女が唇を歪めた通り、一人ずつならば彼女の敵ではなかっただろう。敵にもならなかっただろう。
だが、その二人は一対の番。
──二人揃って敵は無し!!
(それでも退けぬ)
奈落の魔術師が「事実」と口にしたのは軽口ではない。
彼女はまさに奈落の底の底を歩いた、骸を磨くような日々を送ってきた。
こんな自分が唾を吐きかけられる対象でなくてなんだというのか。
(なれど)
そんな自分に光を与えてくれた者たちがいる。
頑なに閉ざしていたはずの瞳を、優しく開いてくれた者たちがいる。
彼女はその光を見てしまった。
眩しくて、目を開けている事ができなかった──けれど閉ざしても涙が溢れてきてしまう。
彼女はもう二度と、その瞳を閉ざす事はできなくなってしまったのだ。
その彼らを守れるのが、魔術師としてのこの力だけならば。
「──姫は魔術師で構わぬわ!」
彼女が守りたかったのは、ただ。
──あの雪降る町で紡がれた“縁”だけだ──
.....To Be Continued